神戸地方裁判所 昭和57年(ワ)944号 判決 1983年11月16日
原告
濱口一男
ほか一名
被告
細川和寛
主文
一 被告は、原告濱口一男及び原告濱口敏子に対し、それぞれ金一〇三万一三五四円及びこれに対する昭和五六年五月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一一分し、その一を被告の負担とし、その一〇を原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告は、原告らに対し、金二二二五万二八八七円及びこれに対する昭和五六年五月三日から完済まで年五分の割合による各金員を支払え。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、普通貨物自動車(車両番号神戸一一そ一三六九号以下「被告車」という。)の保有者であり、事故当時、被告車を自己のため運行の用に供していた。
2 昭和五六年五月二日午後五時二五分ころ、兵庫県明石市大蔵八幡町一番八号先路上(以下「本件事故現場」という。)において、被告の従業員である訴外杉本虎雄(以下「訴外杉本」という。)が被告車を運転して国道二号線を東進していたところ、折から右道路を西進してきた訴外濱口政和(以下「訴外政和」という。)運転の普通乗用車(車両番号神戸五八た四〇四号、以下「濱口車」という。)と衝突した(以下「本件事故」という。)。
3 本件事故により、濱口車の前部助手席に同乗していた訴外濱口慶子(以下「訴外慶子」という。)は、そのころ、本件事故現場において、脳底骨折のため死亡した。
4 訴外慶子の損害は、以下のとおりである。
(一) 逸失利益 金二四八五万二八八七円
訴外慶子は、当時二三歳の健康な銀行員であつて、事故前年である昭和五五年度の年収は金二一六万八三八〇円であり、昭和五六年度は更に昇給を得ていたので、その逸失利益は、昭和五五年度の右年収から五〇パーセントの生活費を控除した金一〇八万四一九〇円に六七歳までの就労可能期間四四年相当のホフマン係数二二・九二三を乗じた金二四八五万二八八七円を下らない。
(二) 原告濱口一男(以下「原告一男」という。)は、訴外慶子の父であり、原告濱口敏子(以下「原告敏子」という。)は、訴外慶子の母であり、いずれも訴外慶子の相続人であつて、他に相続人はいないから、原告両名は、前記訴外慶子の被告に対する損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続した。
5 原告らの損害は、次のとおりである。
(一) 死亡診断書料 金一三〇〇円(原告らはそれぞれその二分の一)
(二) 葬祭費 金四〇万円(同右)
(三) 慰謝料 原告両名につき各金七五〇万円(両名で金一五〇〇万円)
訴外慶子を本件事故によつて喪つたことによる原告らの精神的損害は、父である原告一男、母である原告敏子ともに、それぞれ金七五〇万円を下らない。
(四) 弁護士費用 原告両名につき各金一〇〇万円
原告らは、本件訴訟について、訴訟代理人として、弁護士平松耕吉を選任したが、これに必要な弁護士費用は、それぞれ金一〇〇万円が相当である。
6 よつて、原告らは、被告に対して、それぞれ、自動車損害賠償保障法三条に基づき、訴外慶子の蒙つた損害賠償請求権金二四八五万二八八七円の二分の一と、固有の損害である金八七〇万〇六五〇円の合計額(金四二二五万四一八七円の二分の一)から、自賠責保険金(金二〇〇〇万一三〇〇円の二分の一)を控除した残額である金二二二五万二八八七円の二分の一及びこれに対する昭和五六年五月三日(本件事故の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1ないし3の事実は認める。
請求原因4、5の事実は知らない。
三 抗弁
1 免責
(一) 本件事故は、濱口車がスピードの出し過ぎ(時速八〇ないし九〇キロメートル)により、突然センターラインを越え、被告車の直前に進入して半回転したために発生したものであり、本件事故の原因及び過失は専ら訴外政和にある。
(二) 被告車には、本件事故当時、構造上の欠陥も機能上の障害もともに存しなかつた。
(三) 被告は、被告車の運行に関し、注意を怠らなかつた。
(四) 被告車の運転者である訴外杉本も、以下のとおり、被告車の運行に関し、注意を怠らなかつた。
(1) 被告車の速度は、別紙添付図面<ウ>点において、時速三〇ないし三五キロメートルであつた。これに対し、濱口車は、同図面<1>地点において、時速八〇ないし九〇キロメートルで対向していた。
(2) 訴外杉本は、別紙添付図面<ア>ないし<イ>点で濱口車が、反対車線の<1>点あたりをブレーキ音を出しながら反対車線路端方向に極端に寄つて行くように走行しているのを認め、濱口車の走行状態が奇妙なものとは思つたが、被告車との衝突事故の危険性があるとは思えなかつた。
(3) 右<ウ>地点に至つてはじめて、訴外杉本は濱口車が進行方向を変え、別紙添付図面<2>点で、東行車線を走行している被告車の進行方向に向つてきたのを見、この時点ではじめて被告車と濱口車の衝突の危険を感じた。
(4) 訴外杉本は、直ちにブレーキペダルを踏み、ハンドル操作をしたが、前述のような予想外の異常な事態に対面して、約一秒間の反応遅れがあつたため、右<ウ>地点の東方約九・七二メートルに至つてはじめて制動及びハンドル操作の効果が生じることになつたが、約一秒間の反応遅れは、本件のような場合、通常許容されるべき範囲内のものである。
(5) 本件道路はアスフアルト舗装で、磨擦係数を〇・七、速度を三五キロメートルとすると、制動距離は、約六・七五メートルとなり、右<ウ>地点より約一一・六メートル東方の別紙図面<×>地点(以下本件衝突地点という。)では、とうてい停止しえない。
(6) また、前述のように反応遅れを考慮すると、ハンドル転把の効果も<ウ>点の東方約九・七二メートルの地点で生じ、最小曲率半径一三・五一三メートルで左へ急転把しても、本件衝突地点まで約一・八八メートルを残すのみであるから、わずかに約一三センチメートルを下回る距離しか転把の効果が生じないのであつて、これによつても本件事故を回避しえない。
なお、本件事故現場は、片側一車線、東行路幅三・八メートル、外側線より側溝まで、約一・三メートルである。
よつて、本件事故は、訴外杉本にとつて不可抗力によるものであつて、何ら過失はない。
(五) したがつて、自動車損害賠償保障法三条但書によつて、被告には損害賠償の責任がない。
2 過失相殺
仮に、抗弁1が認められないとしても、
(一) 訴外政和は、訴外慶子の実弟であり、両者は身分上、生活関係上一体の関係にあり、かつ、訴外慶子は、訴外政和にとつて好意同乗者であつた。
(二) 訴外政和には、前述のとおり、本件事故について重大な過失がある。
(三) よつて、訴外政和の過失は、原告側の過失として、相応の過失相殺を求める。
3 損益相殺
原告らは、自賠責保険金からそれぞれ金一〇〇万〇六五〇円の支払を受けたので、これらを損害額から控除すべきである。
(原告らの援用しない被告の不利益陳述)
支給せられた自賠責保険は、訴外政和運転の濱口車の自賠責保険であつて、被告車分については、免責査定により支給せられていない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の(一)(訴外政和の過失)の事実は、原告らにおいてこれを明らかに争わない。
2 抗弁1の(二)(被告車の構造上の欠陥・機能上の障害の不存在)の事実及び抗弁1の(三)(被告の無過失)の事実は、原告らにおいて明らかにこれを争わない。
3 抗弁1の(四)(訴外杉本の無過失)の事実は争う。
(一) 濱口車は、本件事故現場地点において、ほとんど停止するばかりの状況であつた。
(二) 被告車の速度は、別紙添付図面<ウ>地点で約三〇キロメートルと考えるべきである。
(三) 訴外杉本は、右図面<イ>地点において、濱口車が<1>地点で制動音を立て右方に向きを変えながら滑走し始めたのを見たのであり、その時点においてすでに異常な事態に対する心理的な準備ができていたはずである。
(四) したがつて、訴外杉本が<ウ>地点においてはじめて衝突の現実的危険を察知したとしても、危険を感じてから制動措置を取り、実際の制動効果が生じるまでの時間(いわゆる反応時間)は、通常〇・五ないし遅くとも〇・八秒と考えるべきである。
(五) 反応時間を右のように約〇・五秒ないし〇・八秒とし、被告車の時速を<ウ>点で約三〇キロメートルとすれば、制動措置が効果を生じるのは、本件衝突地点の西方約七・四三メートルないし約五・六メートルの地点となる。
(六) そうすると、制動距離は、磨擦係数を〇・七としても、約四・九六メートルとなるのであつて、被告車は本件衝突地点の直前で停止しえたはずである。
(七) しかるに、被告車は、本件衝突地点で濱口車と衝突してこれを大破させたばかりか、更に別紙添付図面<3>点から<4>点まで被告車進行方向に二・八メートルも濱口車を押し戻しており、かつ、路上に被告車の制動によるスリツプ痕がみとめられないことからすると、訴外杉本は、<ウ>地点で衝突の危険を感じて後、制動措置を全くとらなかつたか、制動を自己の不注意によつて遅らせたために、本件事故が発生したと考えるべきである。
(八) また、ハンドル転把のための反応時間は、制動措置をとる場合の反応時間よりも短いと考えられるから、仮に制動措置が遅れたとしても、十分衝突を回避しえたはずである。
(九) よつて、本件事故は、訴外杉本の適正な制動措置又はハンドル転把によつて十分に回避可能であつて、危険を察知しながら適正な制動措置又はハンドル転把を怠つた訴外杉本は、無過失とはいえない。
4 抗弁2(過失相殺の抗弁)の事実は争う。
5 抗弁3(損益相殺)の事実は認める。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因1(被告の運行供用者性)の事実、請求原因2(本件事故の発生)の事実及び請求原因3(訴外慶子の本件事故による死亡)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 免責の抗弁について
1 抗弁1(一)(訴外政和の過失)の事実、抗弁1(二)(被告車の構造上の欠陥・機能上の障害の不存在)の事実及び抗弁1(三)(被告の無過失)の事実は、いずれも原告らにおいて明らかに争わないから、これらを自白したものとみなす。そこで、以下に、訴外慶子の死亡につき、訴外杉本に過失があつたか否かについて判断する。
2 いずれも成立に争いのない乙第六号証、乙第一〇号証、乙第一一号証、乙第二〇号証、乙第二一号証、乙第二五号証中松本英明の証人尋問調書の部分、明石警察署に対する調査嘱託の結果及び証人杉本虎雄の証言(これらのうち後記措信しない部分を除く。)を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(一) 本件事故当時天候は晴であり、また、本件事故現場である国道二号線は、アスフアルトで舗装され、道路全幅員は一四・六五メートル、片側一車線で、中央にペイントで中央線が表示され(追越しのための右側部分はみ出し禁止の規制も表示されている。)、東行車線は幅三・八メートルの車道と、路側帯一・三メートルからなり、その外側は側溝になつている。
本件事故現場付近は、東から西に向い、右にわん曲した、ゆるいカーブとなつており、視界を妨げるようなものはなかつた。本件事故現場付近の制限最高速度は時速五〇キロメートルであつた。
なお、道路は本件事故当時乾燥状態にあつた。
(二) 訴外政和は、訴外慶子を濱口車の前部助手席に同乗させ、帰宅するため西進し、時速約八〇ないし九〇キロメートルの速度で本件事故現場に差しかかつたが、道路南側にあつた喫茶店の方に気をとられ、道路がやや右にカーブしているのに気づかず、かつ前記のとおりの高速で走行していたため、南側歩道に乗り上げそうになり、慌ててハンドルを右に切つたが、高速度のあまり横すべりし、別紙添付図面<1>→<2>→<3>と、反対車線へ入りこみ、<×>地点(本件衝突地点)で被告車と衝突した。なお濱口車の車重は、一三三〇キログラムであつた。
(三) 被告車は、フオークリフト約三・五トン、台車約六〇キログラムを荷台にのせ(合計車重は、約六〇五五キログラムである。)、東進中、本件事故現場直前の信号機のある交差点で一時停止し、発進後加速しつつ別紙添付図面<ア>→<イ>→<ウ>→<エ>→<オ>と進行し、本件事故現場へ差しかかり、同図面<×>点で濱口車と衝突した。被告車の速度は、右<イ>点で約時速三〇キロメートルであり、右<ウ>点では、時速三〇ないし三五キロメートルであつた(速度が、時速三〇キロメートルか三五キロメートルかは判然としない。)。
なお右<イ>点から<×>点までの距離は約一八・四メートル、<ウ>点から<×>点までの距離は約一一・六メートルであつた。
(四) 濱口車の制動によつて、約三八・八メートルの制動痕が路上に残された(左後輪による。右後輪の制動痕は二六・〇五メートル、右前輪のそれは一九・四メートル、左前輪のそれは、七・八五メートルである。)。
(五) 訴外杉本は、右<イ>地点において、濱口車が右<1>点で制動音をたてながら、南側の歩道の方へ寄つていくのを見たが、被告車との衝突はないものと考えた。
(六) 訴外杉本は、右<ウ>点において、濱口車が右<2>点にあつて被告車の方へ進入してくるのを認め、衝突の危険を感じ、急制動及びハンドル転把の措置をとつた(この間、右の措置をとるのが遅れたか、遅れたとしてどのくらいの時間遅れたのかについては後述する。)。
(七) 別紙添付図面<×>点で被告車と濱口車は衝突したが、右<×>点から約三・二メートル後退した地点で、被告車は右<×>点から約一・六メートル前進した地点で、それぞれ停止した。
以上の事実が認められる。前掲各証拠のうち、以上に認定した事実に反する部分は、いずれも措信しがたく、他に上記認定を左右するに足る証拠はない。
3 濱口車及び被告車の各速度等について
右認定の事実に前掲乙第二一号証(鑑定書)を総合すると、次のとおり判断される。
(一) 濱口車の衝突直後の速度は、秒速約六・二メートル、被告車の衝突直後の速度は秒速約三・一メートルと推定される。
(二) 本件における路面とタイヤとの間の摩擦係数を〇・七、衝突による反発係数を約〇・二とし、前記濱口車の制動痕の長さ、被告車及び濱口車の重量等を考慮すると、衝突直前の被告車の速度は秒速約六・四四メートル(時速約二三・二キロメートル)、濱口車の速度は秒速約九メートル(時速約三二キロメートル)と推測される。
4 以上の事実によれば、本件事故地点で、濱口車はほぼ停止する状態にあつたとは認められず、本件衝突事故が仮に無かつたとしても、本件衝突地点よりなお数メートル西方まで進んで停止するはずであつたと考えられる。
また、被告車についても、想定される被告車の本件事故直前の速度等に照らして考えると、杉本車は、本件事故地点の直前において制動効果が生じたものと推認され、訴外杉本は一応制動措置をとつたものと解される。
5 また、前記認定事実及び成立に争いのない甲第五号証及び乙第二八号証を総合すると、一般に運転者の反応時間は、事前に危険を感じていない場合には、一秒ないしそれ以上といわれているが、本件のように、運転者において既に何らかの異常事態に直面している場合には、反応時間は通常の場合よりも若干短かく、約〇・八秒位と考えることができる。
6 そこで、被告車は、運転者が別紙添付図面<ウ>点で危険を察知した場合、摩擦係数を〇・七として、右<ウ>点より約一一・六二メートルないし約一四・五三メートルで停止しうることとなる。
7 そうすると、杉本が<ウ>点で直ちに急制動の措置をとつた場合には、本件衝突地点付近またはその東方わずかの地点で停止しえたものと考えられるが、本件事故現場の道路幅員及び濱口車の滑走状態にかんがみ、ハンドル転把によつても、本件衝突自体を訴外杉本が回避することは著しく困難であつたと考えられる。
8 しかしながら、右の認定判断を総合して考えるとき、訴外杉本が危険を感じた<ウ>の地点で直ちに急制動等の措置をとつておれば、被告車は本件衝突地点において(右<×>点)ほぼ停止しえた可能性があり、濱口車が前認定の状態で滑走して本件衝突地点に至つたとしても、想定される両車の速度の和は現実のそれよりも相当小さく、したがつてまた、衝突の衝撃も相当小さくなるものと考えられる。そして、この状況においてなお、訴外慶子に死の結果が発生する蓋然性は、相当低いものと考えられるのである。
9 以上を要するに、訴外杉本において、適切な措置をとつておれば、訴外慶子の死亡という結果は生じなかつた可能性があり、全く不可抗力であつたとは認め難いといわざるをえないから、被告の免責の抗弁は結局において採用できず、被告は、本件事故によつて訴外慶子及び原告らに生じた損害について賠償責任を免れないものといわざるをえない。
三 過失相殺の抗弁について
1 前認定の事実にいずれも成立に争いのない甲第三号証、乙第一六号証、乙第一九号証、乙第二六号証及び原告濱口一男本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 訴外慶子にとつて、本件事故当時、原告一男は父であり、原告敏子は母であり、訴外政和は弟であつたこと。
(二) 訴外慶子は、二三歳の未婚の女性であり、兵庫相互銀行に勤務していたこと。
(三) 訴外慶子、訴外政和、原告ら両名は、本件事故当時、同居していたこと。
(四) 訴外政和は、当時二〇歳の未婚の男性で、朝日アルミニユーム株式会社の作業員として働いており、その月収は約一一万円であつたこと。
(五) 原告一男は、三菱重工業株式会社に勤務していること。
(六) 本件事故当日、訴外政和は、休暇をとつて自宅にいたところ、訴外慶子から、荷物が多いので自動車で迎えに来てほしい旨電話で依頼され、これをうけて、訴外慶子の勤務する兵庫相互銀行長田支店へ迎えに行き、濱口車の前部助手席に訴外慶子を同乗させての帰宅途中において、本件事故をおこしたこと。
(七) 訴外慶子と訴外政和は、平素から仲が良く、これまでもしばしば訴外政和が自動車で訴外慶子を迎えに行くことがあつたこと。
以上の事実を認定することができ、これに反する証拠はない。
2 ところで、民法七二二条二項が不法行為による損害賠償の額を定めるにつき被害者の過失を斟酌することができる旨を定めたのは、不法行為によつて発生した損害を加害者と被害者との間において公平に分担させるという公平の理念に基づくものであると考えられるから、右被害者の過失には、被害者本人と身分上、生活関係上、一体をなすとみられるような関係にある者の過失、すなわちいわゆる被害者側の過失を包含するものと解される(最高裁判所昭和五一年三月二五日判決民集三〇巻二号一六〇頁参照)。
この点を更にやや具体化して考えてみるならば、たとえば、(1)過失のある者が被害者の履行補助者的な地位に立つたような場合、(2)過失のある者と被害者が一種の家族団体を形成するような場合等は、前記の一体関係を認める基礎となる関係が存すると考えられる。そして、(1)の履行補助者的関係としては、使用者と被用者の関係を典型とするが、過失ある者の行為が被害者の利益に奉仕するような場合には、利益の内容、奉仕の程度等を総合して右(1)の場合に準じ、前者の過失をもつて被害者側の過失として斟酌しうる場合があると解される。
また、前記(2)の家族関係については、前掲最高裁判決における夫婦の場合のみならず、親子、兄弟姉妹の場合においても、両者の年齢、配偶者の有無、同居か別居か、親疎の情等にかんがみ、一方の過失を他方の過失として斟酌しうる場合がありうるものと解すべきである。そして、本件のように右二つの要因が混在して認められるような場合においては、二つの要因を総合的に判断して前記身分上、生活関係上の一体性を判断すべきであり、また、この場合、関係者間の求償関係を一挙に解決し紛争を一回的に処理することの合理性をもあわせ考慮するのが相当である(最掲最高裁判決参照)。
3 本件においてこれをみるに、前記認定事実によれば、訴外慶子は、帰宅の便のために訴外政和に電話をかけて勤務先に迎えに来させ、もつて濱口車に同乗したものであつて、濱口車は、主として訴外慶子の利益のために運行されたものと認めることができ、また同様に、前記認定事実によれば、訴外慶子と訴外政和は同居の兄弟であつて、仲も良く、ともに二〇歳を過ぎたばかりの未婚者であり、また訴外政和は原告らにとつてこれも同居の子であつて、これら四名は一つの家族団体を形成し、生計も同一であつたと推認されるところ、訴外政和、訴外慶子がともに他に就職している事実のみでは、これら両名が別生計であつたとは認められず、他にこれを認めるに足る証拠はないから、訴外政和は、原告ら及び訴外慶子にとつて、身分上、生活関係上一体をなしていると認めることができ、右認定判断を左右すべき証拠はない。
4 以上のとおりであるから、本件においては、訴外慶子及び原告らの損害賠償の額を定めるにあたり、訴外政和の過失を斟酌することができるものと解すべきである。
5 訴外政和の過失について
既に述べたとおり、訴外政和は時速約八〇ないし九〇キロメートルの高速で(本件事故現場付近の最高制限速度は時速五〇キロメートルであつた。)濱口車を運転し、かつ、わき見をしていたために運転を誤まり、追越しのためのはみ出しを禁止された中央線を越えて被告車の前に進入してきたものであつて、訴外政和の過失は重大である。
6 以上のべたところを総合すれば、被告側と原告側の過失割合は、前者五パーセント、後者九五パーセントと認めるのが相当である。
四 損害額について
1 亡慶子の逸失利益(金二四八五万二八八七円)
(一) 成立に争いのない甲第四号証及び原告一男本人尋問の結果によれば、訴外慶子は、本件事故当時兵庫相互銀行長田支店に勤務し、昭和五五年度の年収は金二一六万八三八〇円であつたことが認められ、訴外慶子が本件事故当時二三歳であることは既に認定したとおりであるから、右年収から生活費として五〇パーセントを控除した残金一〇八万四一九〇円に、六七歳までの就労可能期間四四年間に相応するホフマン係数二二・九二三を乗ずることにより中間利息を控除して逸失利益を算出すると、訴外慶子の逸失利益は、原告ら主張のとおり金二四八五万二八八七円となる。
(二) そして、前掲甲第三号証によれば、請求原因4(二)の事実(相続)が認められるから、原告らは、訴外慶子の右損害賠償請求権を二分の一ずつ相続したものであり、原告らは、それぞれ金一二四二万六四四四円(又は金一二四二万六四四三円)を承継取得した。
2 死亡診断書料(金一三〇〇円)
成立に争いのない甲第二号証によれば、原告らに死亡診断書作成費用を要したことが認められ、その料金額については弁論の全趣旨により金一三〇〇円と認めることができ、原告らはそれぞれ金六五〇円ずつを負担したものと認められる。
3 葬祭費(金四〇万円)
弁論の全趣旨によると、原告らが訴外慶子の葬祭費を負担したことが認められるところ、そのうち金四〇万円をもつて相当と認め、原告らの損害は各金二〇万円と解される。
4 慰謝料(原告らにつき各金六〇〇万円)
訴外慶子の年齢、性別、未婚であつたこと、性格その他諸般の事情を検討すると、原告らの蒙つた精神的苦痛に対する慰謝料は、各金六〇〇万円をもつて相当と認める。
5 以上1ないし4の原告らの損害を合計すると、それぞれ金一八六二万七〇九四円(又は一八六二万七〇九三円)となる。
五 過失相殺
前述のとおり、本件事故に対する原告からの過失は、九五パーセントであるから、原告らの損害から九五パーセントをそれぞれ減じた額を原告らの被告に対する損害賠償請求権の額として計算すると、各金九三万一三五四円(円未満切捨)となる。
六 損害の填補について
抗弁3(原告らが、自賠責保険中各金一〇〇〇万〇六五〇円の支払をうけたこと)の事実は、当事者間に争いがない、しかしながら、被告も認めるように訴外政和運転の濱口車にかかる自賠責保険によるものであつて、弁論の全趣旨によると、被告車にかかる自賠責保険については、免責の査定があつたことが認められる。
本件は、訴外慶子及び原告らの損害について被告と訴外政和に共同不法行為の関係が認められる場合ではあるが、同時に、被告の原告らの請求に対する過失相殺を認めた場合は、被告について分割責任を認めたと同様の結果になるのであつて、このような場合に濱口車分の自賠責保険による支払をもつて、原告らの被告に対する損害賠償請求権について損害の填補ありと認めるのは相当でない。
七 結論
以上のとおり、原告らは被告に対して損害賠償請求金九三万一三五四円を各請求しうるところ、原告らは訴提起につき弁護士を依頼しており、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用としては、各金一〇万円をもつて相当と認める。
よつて、原告らの本訴請求は、被告に対し、各金一〇三万一三五四円及びこれに対する、本件事故発生した日の翌日である昭和五六年五月三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岩井俊)
別紙図面 交通事故現場見取図
<省略>